学生時代はあまり勉強もせず、バンド活動に明け暮れていたという浩司さん。
新卒で入った会社を辞めてからも、バンド活動を続けながらバイト先を転々とする生活を送っていました。

そんな浩司さんに転機が訪れたのはバンドを辞め、ラーメン屋で正社員として働いていた時のこと。友人が情報系のビジネスで起業したことをきっかけに、独立を視野に入れるようになります。

外食業界で豊富な経験をされた浩司さんの考える、これからの新しい働き方とは?

ひろしさん

平野 浩司さん

フリーランス

1979年生まれ。神奈川県川崎市出身。ラーメン屋など外食業界で約10年間勤務。その経験を生かして、現在は料理のケータリングサービスなどを行う。

人生を変えたのは、尊敬する友人の起業だった

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ラーメン屋で働きながら、最初はラーメン屋として独立するのもいいかもと思っていた浩司さん。しかし考えてみれば実際に成功する店舗はほんの一握り。起業するリスクが大きく、あまり得策ではないと考えていました。

ちょうどその頃、仲の良い友人が起業。住む場所、仕事、付き合う人を変え、生活が一変した様子を見て「こんな世界もあるんだ」と衝撃を受けます。起業に関する知識やスキルはほぼ0。気持ちを入れ替え1から勉強を始めます。

友人の影響は大きいですね。当時は仲の良い友人が起業していくのを見て、自分の中で消化しきれていない部分もありましたが、ある時期からきちんと気持ちの整理ができてビジネスの師匠として接することができるようになりました。彼には直接会って「出会えて良かったし尊敬している。いい影響を与えてくれてありがとう。」と、伝えましたね。

より近い存在で居続けられるように。大切な友人の存在が、浩司さんを突き動かす原動力になっています。

提供した料理は500食以上、独学で身につけた現場力

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その後ラーメン屋での経験を生かし、ライブハウスで「まぜそば」を提供するケータリングサービスを始めます。

初めたばかりの頃は、慣れない環境になかなか馴染めず、失敗の連続。
鍋底を焦がしてしまったり、麺がうまく茹で上がらなかったりと致命的なミスをすることもしばしば。
ラーメン屋での常識が通じず、経験不足を実感したそうです。

現場では鍋の設置できる数に制限がありました。茹で時間を短縮するため、通常ラーメン屋ではしないスープで麺を茹でたりと、試行錯誤を繰り返しました。実践の中で少しずつ独自の方法を編み出していったんです。

今まで作ってきたまぜそばの数は500食以上。1回1回の現場経験が、浩司さんのスキルアップにつながっています。

後編へ続く

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