豊原さんは50年ほどの仕事人生を「ほぼ人材育成の仕事に携わっていました。」と振り返ります。

のべにすると3000人に対して人材育成をしてきた豊原さん。

人材育成のプロであり、海外経験も豊富な御年76歳の豊原さんにお話を伺いました。

全3回の連載記事です。

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豊原 和男 さん

東京杉並区生まれ。日本大学理工学部機械工学科を卒業後、国内の自動車会社に13年、鉄道模型製造販売会社に12年、外資系自動車会社に13年勤める。定年後は人材育成や接客、販売業の経験を生かしフリーの研修講師を13年勤め、2年前に退職。現在は趣味のテニスやバンド活動を楽しみながら、東京都府中市にあるシルバー人材センターのアンテナショップで受付を勤めている。

高校生の頃、アメリカ人が家にホームステイに

お仕事ではドイツを中心に海外を飛び回った豊原さん。実は高校の頃から、海外との接点がありました。

豊原さんが高校2年生の時、国際基督教大学(ICU)に通うアメリカ人の学生が一人、ホームステイで家にやってきました。

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その頃調布に住んでいたのでICUは近かったんです。親父は昼間仕事に行っちゃいまして、年頃も近いこともあって必然的に私が彼と喋るようになりました。ちゃんとした習った英語じゃないですけど、とりあえず話せてはいましたね。

1年ほど豊原さん宅でホームステイを経験した彼はその後、カリフォルニア大学で日本語の先生をされていたそうです。

豊原さんのその後の人生において大いに役立つことになる英会話は、60年前のこの頃に培われました。

上司から人材教育の仕事を任せられる

大学卒業後、国内の自動車ディーラーに就職します。

営業の仕事を3年経験した後、理工系分野の勉強をしようと車のアフターサービス部に移り、メカニックや工場長の教育など、人材教育の仕事を担当します。

当時は求人難で、月に1,2回職業訓練校の自動車科で講師をやりながら、「いい人がいたらリクルートしてこい。」なんて言われて採用活動をしたこともありました。自動車整備振興会の講師もやれと上司に言われて、営業をやりながら社員の教育もしていましたね。

技術の仕事をやりながら営業に、人材教育に、様々な仕事を自動車ディーラーで経験しました。

ビジネスの現場でも、意外と英語を話せることを実感

その後転職した鉄道模型会社では12年、ショールームの店長として外国人のお客さんを相手に問屋や小売店周りの営業、新入社員教育研修の仕事を担当しました。

1980年代前半頃です。社長がドイツの国際玩具見本市に自社の鉄道を出したいが、外国語が喋れないということで私が社長とドイツまで行って海外のバイヤーの対応をしました。主に英語ですね。お客さんはドイツ、アメリカ、イギリス、フランスなど欧米国がメインでした。日本だとこういうおもちゃを買うのは6,7割子供なんですけど、あっちだと鉄道模型は大人の遊びで根強いファンがいるんです。

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様々な国の人とやりとりしているうちに、それぞれの国の英語の特徴を掴むことで英語力も向上していきました。

どの国の人にも癖があるんです。例えばフランス人はHの発音が苦手、ドイツ人はVがFになるとかみんな違うんですけど、結構通じました。電話だとだめですけど、商品があって対面で話をすれば通じるんだなと。日本の人は文法とかちゃんとやらないとと思っているかもしれないけど、怖がることないなと思いますね。

2/3 人材育成のプロが教える〜ビジネスに必要な3つのポイント〜

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